付録部 blog-bu

あなたに日々の付録をお届け。

芸者

aicon_01 aicon_01
決まった会話をするだけでかわいい彼女をゲット!NEW!

ジャポニズムありし頃。20世紀初頭の外国人によるゲイシャ写真

geishasgaijin

 海外から見た日本の芸者ってどういう存在なのだろう?.... とか、こういう写真を見ると、つい考えてしまいます。
 20世紀初頭の外国人によるゲイシャとして紹介されていたポートレートは、いわゆる「ジャポニズム」を踏襲したヴィンテージ写真。
 ジャポネズリーからジャポニズムを経て、いささか形骸化した感のある肖像写真ですが、年代的には19世紀後半から20世紀初頭にかけて、という感じでザックリととらえていた方かいいかもしれません。
 着付けが左前になっていたりとか、勘違い感も楽しいですね。当世風にいえば、コスプレ写真です。はい。

続きを読む

【画像】水着でポーズをとる芸者のビンテージ写真(18枚)

geisha

 Okinawa Soba こと研究家のラブ・オーシュリ(Rob Oechsle)氏によれば、明治期や大正期において、芸妓がこのような写真を撮影することは珍しいことではなかったようです。
 1900年代初頭には写真絵ハガキのブームが起こっており、今でいうファッションモデル的存在であった芸者らが肌をあらわな撮影を行うことがしばしば行われていました。
 ご紹介する画像はおもに絵ハガキからの抜粋のようですが、憂いを見せる表情や、時に婀娜な姿を見せる芸者、幼い舞妓たちの写真は、いわばブロマイドのように鑑賞されていたのでしょうか。

続きを読む

【画像】明治時代の芸者の古写真「Hawaryu」さんが美しい(14枚)

4408376406_98a87ecfd0_o

 明治期に撮影されたという、芸者――あるいは舞妓――の「HAWARYU」として紹介されていた写真は、写真共有サイト・フリッカーで日本の古写真を多く紹介している OKINAWA SOBA さんによるコレクション。
 “はわりゅう”というのも奇妙な名前で、正確なところはわかりませんが(ご存じの方はご一報を)、どこかで一度は目にした古写真が紛れているのじゃないかと思われる、とても美しい写真。

続きを読む

【話題】日本でただ一人の男性芸者、まつ乃屋・栄太朗さんが話題(動画あり)

Eitaro-geisha

 Geisha ならぬ「Guy-Sha」として海外サイトで取り上げられていたのは、品川大井河岸・まつ乃屋の若女将でもある、日本で唯一の女形(おやま)芸者の栄太朗さん。
 他界した先代女将の遺志を継いで二代目女将となった栄太朗さんですが、品川芸者でもあった先代女将の母に連れられ、10歳の頃から座敷に上がっていたというベテラン芸者さんであったりもします。
 フジヤマ・ゲイシャといえば、かつて外国人の抱く日本のイメージの代名詞だったりしたわけですが、時代を経ても芸者は興味を惹くようです。

続きを読む

【画像】古写真にみる女性たち(21枚)

top

 古写真を見るのはいつも楽しいものです。
 ご紹介するのは「写真で見るニッポン。19世紀ごろの舞妓さんたち」として紹介されていた、いわゆる芸妓の女性たちの写真を集めたもの。明らかに舞妓でないものや比較的新しい時期に撮影されたのではないかと思われるものも混じっていますが、それらも含めてご紹介。

 管理人の把握している限りでキャプションつけておきました。ちなみにこうした写真の多くは芸妓さんがモデルとして選ばれましたから、そういう意味では広く芸事に関わっていた娘さん、ではあります。

続きを読む

【動画】 富田屋八千代の貴重映像 【紹介】

 これは驚いた。
 明治後半から大正にかけて、関西は南地の芸者屋「富田屋(とんだや)」で遊芸を振るい、名妓の名を欲しいままにした八千代姉さんの映像であるそうです。
 どこかの書物でちらっと読んだような微かな記憶はあるものの、正直よくわからなくて、ちょこっと調べてみるとこれは凄い。

 なんでも、明治四十年(1907年)刊行の「名妓評判記」に東京赤坂の万竜、京都祇園の千賀勇と並んで、日本三名妓と記されたほど評判の高かった芸妓であったとか。また、かの岡本太郎の父である漫画家・岡本一平がスケッチを何度となく頼み込み、五時間も待たされた挙句に恨み言一つ言わなかったという逸話も。


The Geisha 100 years ago "YACHIYO" 1904

 動画には明治37(1904)年ころ撮影、とありますから日露戦争開戦の年ですか。小泉八雲の没した年でもありますね。ちなみに八千代18歳の頃。

「二重にくびれゐる二重瞼(まぶた)は微紅を帯び、あたかも春花の柔らかく、また温かく、睫毛(まつげ)にそふて香りかかり、乱れかかり…描く能(あた)はず」

 とは、一平が八千代を見た時の印象を述べた一文。確かに、震えるほどに美しい。

 それほど有名な芸妓の映像である(らしい)ということは言うに及ばず、江戸期の正当な地続きである明治時代の映像というだけで感動ものです。

■参考リンク
明治の美人絵葉書より富田屋八千代
明治の美人絵葉書TOP

中原淳一きもの読本
中原淳一きもの読本中原 淳一 中原 蒼二

おすすめ平均
stars着物を着る心構えが学べました
starsきものを学べる
stars素晴らしい
stars時代を超えた審美眼
starsポップな柄のきものがたくさん!

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ブログ記事検索
ブログについて
メールフォーム
Follow Me
FOLLOW ME

FOLLOW ME

RSS

kineco's オン Google+

最新コメント
アクセスランキング
フリーエリア
with Ajax Amazon
BBS7.COM
MENURNDNEXT
  • SEOブログパーツ
スポンサードリンク
QRコード
QRコード