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竹島


【動画】韓国に竹島を描いた古地図は存在するか?日韓古地図の比較から

takeshima

 この動画は今年の4月に韓国側の猛攻を受けて「不適切なコンテンツ」という理由で削除されたいわくつきの動画だそうです。
 動画を製作したのはWJFプロジェクトという動画紹介サイトを運営しているネットユーザー、WondrousJapanForever 氏。
 動画では日本の古地図と韓国の古地図を比較検証しており、西暦512年から竹島の領有を主張する韓国の地図には、同島が描かれたことはないと結論付けています。

 ※追記:WJF氏から記事内容について訂正が入りました。WJFプロジェクトは「動画紹介サイト」ではなく「動画製作サイト」であるとのことです。
 以上、訂正の上お詫びいたします。

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【竹島】日本の領有を示す立札が韓国で曲解されているようです。※追記あり

 以前のエントリーでも懸念していたことが、やはり現実になってしまったようです。
 以下の引用は『朝鮮日報/chosun online』によるものですので、その点ご考慮を。

独島:日本側が搬出を防ごうとした「立て札」(上):朝鮮日報

 以下、引用。

 日本側が韓国に売られることを懸念していた江戸時代の木製の立て札が、劇的な形で韓国に持ち込まれた。この立て札は1837年のもので、独島(日本名:竹島)と鬱陵島は韓国領のため、日本人の渡海を禁止するという内容が記されている。

鬱陵島の立て札

 この立て札は、昨年3月に京都で競売にかけられた。産経新聞は「当時、日本では鬱陵島を竹島と呼んでおり、今の竹島とは別の場所なのに、韓国側はこれを利用して自国の領土だと主張する誤りを犯している。この立て札が韓国側に渡ってはいけない」という趣旨の報道を行った。

 そんな立て札を、韓国人の事業家が150万円で購入した。立て札は、独島や鬱陵島周辺で操業していた漁民二人を海禁令違反で江戸幕府が処刑した翌年に作られたもの。

 木製の立て札は、1837年2月に江戸幕府の命令を受け、高田藩が新潟の海岸に掲示したもので、大きさは縦33センチ、横72センチ。立て札の上には二つの輪が付いており、掲示板に下げられていたものとみられる。

 立て札には、「竹島(鬱陵島)は元禄時代から渡海停止を命令した場所であり、他国の地に航海することを厳重に禁止する。竹島の右の島も航海してはならない」と記されている。(鬱陵島の)右の島とは、独島を指す。

 国際文化大学院大学のイ・サンテ助教授は、「この立て札には、竹島(鬱陵島)の右の島(独島)まで航海禁止を命じたと記されており、日本が独島を韓国領と自ら認めた重要な資料」と語った。つまり、この「右の島」という文言のために、日本側が立て札の搬出を防ごうとしたと言う。

 渡海禁止の立て札は、鳥取県浜田市の郷土資料館にも一つ残っている。大きさは縦50センチ、横1メートルで、今回発見された立て札より2年後の1839年に作られたものだ。

 続きは以下。

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【トピック】竹島問題で韓国側の論拠崩す公文書発見 他

竹島問題で韓国側の論拠崩す公文書発見

 日本と韓国が互いに領有権を主張する竹島問題で、韓国側が論拠としている「竹島はわが国と関係ない」とする明治政府の文書「太政官指令」の内容は、現在の竹島(韓国名・独島)を示すのではなく、朝鮮半島沖にある「鬱陵島(うつりようとう)」と判断できる島根県の行政文書が見つかったことが22日、竹島問題研究会への取材で分かった。研究者は「韓国側の主張が崩れる貴重な資料」と注目している。

 太政官指令は明治10年に作成され、「竹島ともう一つの島はわが国と関係がない」と記述しているため、韓国側は「日本が領有権を放棄した」と主張。しかし、明治政府発行の当時の地図では現在の竹島の位置に何もなく、朝鮮半島沖にある鬱陵島が「竹島」「松島」の2つの名前で書かれていることから、太政官指令での竹島はこれまでも鬱陵島を指すとみられていた。

 今回見つかった行政文書は島根県が所蔵し、太政官指令の5年後に作成された明治15年1月31日付の「県治要領」。杉原隆・県竹島研究顧問(71)が当時の外務省関連文書などを調べる過程で見つけた。

 この県治要領では、地元の士族が島根県に出した鬱陵島とみられる「松島」の開拓願いについて、内務省が「松島は朝鮮領」として不許可にした経緯を記述。そのなかに「前に指示した通りわが国に関係ない」という趣旨の記述があった。

 太政官指令と重なり合う内容であることから、太政官指令で表記された竹島は、県治要領で示す松島、つまり現在の鬱陵島とみられる可能性が一層強まったという。

 この問題では現在の竹島が日本領であることを示す19世紀のドイツ製の地図も複数見つかっている。

 同研究会座長を務める下條正男・拓殖大教授は「韓国側が太政官指令を頼りにしてきた論拠が崩れた」と評価している。

 理詰めで応じる相手ならとっくにハーグに出てきているだろうし、この文書も以前の記事で書いたように、さんざん出てきている証拠の一つ。
 相手にとってはカウンターになるようなものじゃないけど、一つ一つ地道に積み上げていけば、いつかは役に立つことがあるかもなー、という感じのものだろうとは思います。

 なにしろ相手は、「そもそも韓国領なのだから出廷すること自体おかしい」という、どう考えてもおかしい主張の上に実効支配しているわけで、そこを覆すには日本が腹をくくるしかない。腹をくくるというのは、場合によっては戦争だってするということなんだけど、日本は外交カードとしての可能性すら自分で放棄しているようなものですから。
 戦争反対の外交なんてありえないし、そんなもの平和主義でもなんでもないんですけどね。

 てなところで、続きには無関係なリンクなどいくつか。

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韓国・鬱陵(うつりょう)島は江戸時代には竹島と呼ばれておりました。

竹島
(※*画像は竹島)

 「竹島は韓国領」誤解の“根拠” 立て札、競売出品へ
 2月27日8時6分配信 産経新聞

 江戸時代に「竹島」と呼ばれた韓国領の鬱陵(うつりょう)島について、「朝鮮国に属しており、渡航を禁じる」との内容が書かれた江戸時代の立て札が、京都市内で3月に開かれるオークションに出品されることが26日、分かった。鬱陵島は現在の竹島(韓国名・独島)とは異なるが、立て札の記述は韓国側が竹島を自国領と主張する際にたびたび引用されているという。立て札が韓国に渡る可能性もあり、竹島問題と向き合う島根県の関係者らは、成り行きを懸念している。

 という記事が、Yahoo!ニュースにて取り上げられていました。
 記事によると、

 立て札は天保8(1837)年に書かれたもので、幅73センチ、縦33センチ。「高田役所」の名があり、オークションの主催会社によると、越後高田藩(新潟県上越市)内で掲示された可能性があるという。

 東日本在住の所有者が出品し、最低落札価格は120万円。3月15日に京都市中京区の同社で公開入札される。

 鬱陵島を舞台に天保7年、石見浜田藩(島根県浜田市)の商人らが行った密貿易の関係者を処罰したことを伝える内容。「竹島」という記述とともに「元禄之度朝鮮国江 御渡ニ相成候 以来渡海停止候」との記述が読み取れる。

 「元禄之度」とは元禄5(1692)〜9年に起きた「竹島一件」と呼ばれる鬱陵島をめぐる日本と朝鮮の領有権争い。以降、幕府は同島への渡航を禁じており、立て札は幕府の命を改めて掲示したとみられる。

 島根県の竹島問題研究顧問の杉原隆さん(70)は「韓国側が『竹島』と記述された鬱陵島の資料を買い集めているという情報もある。立て札が韓国に渡れば自分たちの都合のよい資料として使われるだろう」と指摘している。

 参考までに、鬱陵島と竹島の位置図と、オークションに出品される件の立札の画像を以下に添付しておきます。

鬱陵(うつりょう)島オークションに出される立札


 もっとも、現日本領・竹島を、かつては「松島」と呼んでいたという点において(松・竹の対だったわけですね)、この場合の「竹島」とは、現・韓国領の鬱陵島を示すものに他ならないというわけで日本にとっては逆の意味での資料となっているのですが、そもそも鬱陵島・于山島も竹島と解釈し、どの島を指すのか確実に特定できる資料がない石島をも竹島と解釈してしまっている韓国にとっては、そんな日本側の主張など無視して、「独島(竹島)を韓国領であると日本側が認めていた決定的な証拠」として口実を与えてしまう結果になりかねません。


 続きは以下。
 竹島関連の、不愉快なCGアニメを添付しています。

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