(※毒ガス空襲と応急避難処置、とありマス)
1937年(昭和12年)から1945年(昭和20年)にかけて行われた、当時の大日本帝国と蒋介石政権における中華民国の戦争――いわゆる日中戦争では毒ガス兵器による民間への被害が想定されていたようです。
そういえば、大久野島のウサギの楽園もかつての化学兵器の拠点として存在していたことを思い出したりして――絵空事ではない現実であったと感じさせる、そんなレトロなポスターは1945年頃までのものだそう。
日中戦争において日本赤十字社が時の政府当局と協力して作成したものであるようですが、なかなかに生々しくて興味深いものであります。
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