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あなたに日々の付録をお届け。

雑談


【時事/報道】鳩山総理辞任で闇将軍・小沢一郎誕生というあたりでひとまず院政への扉は開かれたらしい

鳩山発言
細川内閣に1日及ばず=鳩山内閣:時事ドットコム
 鳩山内閣は4日に総辞職する見通しとなった。その場合、鳩山由紀夫首相の在職日数は262日で、自らが官房副長官として仕えた細川護煕元首相に1日及ばない。現行憲法下の歴代首相29人中、5番目の短命政権となる。
 時事通信の世論調査で、鳩山内閣の発足当初の支持率は60.6%と、小泉、細川両内閣に次ぐ歴代3位の高水準でスタート。だが、5月の調査では19.1%に下落。最後まで高支持率を維持した両内閣とは対照的な幕切れとなった。(2010/06/02-22:32)

 ひとまず現行憲法下での短命内閣ワースト10をコピペしておきますと、

(1) 羽田孜内閣 64日
(2) 石橋湛山内閣 65日
(3) 宇野宗佑内閣 69日
(4) 芦田均内閣 220日
(5) 鳩山由紀夫内閣 262日 ←NEW
(6) 細川護煕内閣 263日
(7) 片山哲内閣 292日
(8) 麻生太郎内閣 358日
(9) 福田康夫内閣 365日
(10) 安倍晋三内閣 366日

 ということですが、その内の(1)(3)(5)(6)位に小沢一郎総書記が深く関わっていることをこっそり触れておきます(笑)
 間接的にマスメディアを利用して、という野党・民主党時代の関わり方を介入と呼べるのであれば、近年の短命内閣のほぼ全てに小沢一郎という人物が関わっているということが言えましょう。いい加減、この人物の存在が日本の国益にとって百害あって一利なし、ということに気付いても宜しいのじゃないでしょうか。

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駐留米軍を拡大させると述べる防衛相と、口蹄疫を拡大させて最悪の事態を招いてしまった農水相と。

次の一手

 北沢俊美防衛相が天然ボケをかましています。
 とうとう、5月末決着の大枠が軍拡であったことを思いつきで述べてしまいました。永田町新喜劇のキャスティングボートを民主の手から奪還するのは至難の業だということを、彼らは身をもって愚直に証明してくれますね。
 気功術の達人である自民党の甘利明衆議院議員も、やはり天然モノにはかなわないようです。当たり野議員と気功術の達人とチュチェ思想家との三角関係も、短い夢でしたね…。

 続きは以下。
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【民主党】三宅雪子議員のバカデミー賞受賞と国会法改正案提出に、民主忍法・火遁の術を見る。※リンク追加

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自民・甘利氏に懲罰動議=民主
(以下、引用)
 民主党は14日、自民党の甘利明衆院議員に対する懲罰動議を衆院事務局に提出した。懲罰の理由として、12日の衆院内閣委員会で国家公務員法改正案が採決された際に、甘利氏が民主党の三宅雪子議員らを突き飛ばし、けがをさせたとしている。
 動議提出後、民主党の松木謙公国対筆頭副委員長は国会内で記者会見し、「大変残念な行為だ」と甘利氏を批判。また、三宅氏が右ひざ打撲など全治3週間のけがを負っていることも明らかにした。 
(引用終わり)

 事の発端は上の記事を参考として、ネットでは三宅雪子議員の「自作自演」説が取りざたされ、結構な騒ぎになっているそうです。
 また一方では、議員会館のエレベーターで偶然に三宅氏と遭遇した馳浩衆院議員が、『運動不足なんですかね、自分で転んじゃって、恥ずかしい…』と、三宅氏本人が語ったと自身のブログで述べており、疑惑はますます深まっています。

 ↓これが疑惑の瞬間の映像と、その後の発言など。


 御覧のように、疑惑を向けられた甘利明衆議院議員が、民主党の初鹿明博衆議院議員を押しのけていることは確認できますが、三宅氏がその様子をじっと窺っていることは確認できるものの、甘利氏が三宅氏を突き飛ばしたと言うには無理があるということが確認できるばかり。
 疑惑を向けられた甘利議員は、
『突然三宅議員が前に倒れ込み、私の方を見ながら『ひっどーい』と叫んだ。たちまち十数人の民主党新人議員に罵倒され、小突かれ、『はめられた』という思いがよぎった』
 と反論しております。

 弊ブログでは倒れたこと自体が三宅氏の猿芝居によることを断定はしませんが(突き飛ばされた初鹿議員が、足を踏んだり引っかけたりした可能性もある)、甘利議員が三宅議員を突き飛ばした点については限りなくシロに近いと述べておきます。まあ、いずれにせよその後の三宅議員の松葉杖云々は限りなく猿芝居に近い所業だと考えますが。

 ところでこんな茶番劇でお茶を濁している間に、民主はちゃっかりと国家公務員法改正案地球温暖化対策基本法などを強行採決したことは、結局うやむやのまま報道されることもなく、とまれ、
 さては目晦ましで仕掛けやがったか。
 と、民主流忍法・火遁の術かファビョンの術か、というところで、重大な続きは以下。

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本日の一枚

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 先日放送された『TVタックル』を、一足遅れで視聴しました。麻生太郎前首相をレッドカーペットで迎えるという内容でしたが、辞任後初めてのテレビ出演ということで、観ているこちらも当時を懐かしむような、妙な気分。支持していた麻生さんのお話が聞けるということで楽しみにしてましたが、あまり政局に対して突っ込んだ意見がでるわけでもなく、肩の力を抜いたトークという感じ。
 話題になった「アニメの殿堂」などの話もきけましたが、むしろたけしさんの受賞したコマンドール章について滔々と諭したというエピソードが麻生さんらしくて印象に残ったかな。
 麻生さんの行った政策が今になってじわじわと効いてきているんだけども、民主が全部台無しにしちゃった。
 経済的受難の時には経済に強い首相を守らなきゃいけない、という当たり前のことができないのはこの国の不幸だなあ。

 参考
麻生前首相がたけしにぶっちゃけトーク:SANSPO.COM

【テレビ/ネット】ラジオの試験ネット放送 『ラジコ(radiko.jp)』が想定外の人気

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 AM・FMラジオ放送をインターネットで聞ける「ラジコ(radiko.jp)」が話題を集めている。ラジオ局が流している番組を、インターネットを通じてリアルタイムで楽しめる「IPサイマルラジオ」という形式を採用。当初はパソコンからラジコのウェブサイトに接続して聞く方式のみだったが、アイフォーン(iPhone)向けのアプリケーションも登場して受信方法も広がり始めた。

 現在は試験的に配信しているラジコだが、その後の実用化も視野に入れている。ある調査では、IPサイマルラジオが実用化されたら利用しようと考えている人は6割以上に上っており、期待は高い。
 (後略)
ラジオの試験ネット放送 「ラジコ」が「想定外」人気:J-CASTニュース

 続きは以下。
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大阪の万博記念公園に、「EXPO’70パビリオン」がオープン。


Via. Photos: Expo ‘70:Pink Tentacle
 管理人は万博世代ではなく、ちょうど大阪万博の開催ジャストの年に産声を上げています。だからノスタルジーを感じると言ってもリアルなものではないのですが、それでも大阪の千里山出身ですから、漠然とその空気感の残滓のようなものは記憶しています。ブラウン管を通してのものも含めて、記憶というのは“作られていく”ものでもありますから。
 そんな千里の万博公園で、唯一残っていた旧・鉄鋼館が万博を記念する「EXPO'70パビリオン」としてリニューアルオープンしたのだそうです。

缶コーヒーもLANも万博から広まった、大阪の万博記念公園にオープンした「EXPO’70パビリオン」に行ってみた:GIGAZINE

 万博をきっかけに普及したものなども、動く歩道やワイヤレスフォン(現在の携帯電話)、無線LANに電波時計、缶コーヒーやファストフード、ファミリーレストランなどがあって興味深い。

日本万国博覧会:Wiki

 続きは画像などいくつか。
 いま見ると幾らかキッチュな感じもしますが、それが当時の“未来”というポジティブなイメージにつながっていて、その延長線上に現在が存在しているというのがいささか皮肉に感じられます。
 未来に夢を感じた時代と、未来に夢の見えない時代....どちらも現実。
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【韓国メディアが分析】モロゾフコーチはフィギュアスケート界では有名な祈祷師。

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韓国メディア「ヨナは日本のコーチから呪いをかけられていた!」
 キム・ヨナ選手のコーチを務めるオーサー氏はいつも、キム・ヨナ選手に対して「自分の持ち物から絶対に目を離すな。髪の毛ですら注意を払わなければならない」と語っていたという。この言葉は一体何を意味しているのだろう。
 記事によると、バンクーバー五輪の開催期間中、安藤美姫選手のコーチを務めるモロゾフ氏が、キム・ヨナ選手が練習をしている最中にリンクに姿を現し、大声で何かをつぶやいていたという。記事では、「モロゾフコーチはキム・ヨナ選手が失敗するよう呪いをかけていた」と報じた。
 続けて、「モロゾフコーチはフィギュアスケート界では有名な祈祷師である」とし、安藤美姫選手が競技を行っている最中はいつもリンクの外で何かをつぶやき、安藤美姫選手が良い成績をおさめることができるよう念じているとした。
 さらに記事では、浅田真央選手が今季限りで師弟関係を解消する予定のタラソワコーチもモロゾフ氏と同様の方法で相手選手を呪うと報じ、「彼らは相手選手の髪の毛や気に入っている物に呪いをかける」とした。キム・ヨナ選手のオーサーコーチが「自分の持ち物から絶対に目を離すな」と語った意味はここにあるという。(編集担当:畠山栄)

 引用終わり。

 いい加減いろんな事がアホらしくなるから、こういう記事を三大紙が載せるようなことはやめてくれないか、韓国。



【竹島】日本の領有を示す立札が韓国で曲解されているようです。※追記あり

 以前のエントリーでも懸念していたことが、やはり現実になってしまったようです。
 以下の引用は『朝鮮日報/chosun online』によるものですので、その点ご考慮を。

独島:日本側が搬出を防ごうとした「立て札」(上):朝鮮日報

 以下、引用。

 日本側が韓国に売られることを懸念していた江戸時代の木製の立て札が、劇的な形で韓国に持ち込まれた。この立て札は1837年のもので、独島(日本名:竹島)と鬱陵島は韓国領のため、日本人の渡海を禁止するという内容が記されている。

鬱陵島の立て札

 この立て札は、昨年3月に京都で競売にかけられた。産経新聞は「当時、日本では鬱陵島を竹島と呼んでおり、今の竹島とは別の場所なのに、韓国側はこれを利用して自国の領土だと主張する誤りを犯している。この立て札が韓国側に渡ってはいけない」という趣旨の報道を行った。

 そんな立て札を、韓国人の事業家が150万円で購入した。立て札は、独島や鬱陵島周辺で操業していた漁民二人を海禁令違反で江戸幕府が処刑した翌年に作られたもの。

 木製の立て札は、1837年2月に江戸幕府の命令を受け、高田藩が新潟の海岸に掲示したもので、大きさは縦33センチ、横72センチ。立て札の上には二つの輪が付いており、掲示板に下げられていたものとみられる。

 立て札には、「竹島(鬱陵島)は元禄時代から渡海停止を命令した場所であり、他国の地に航海することを厳重に禁止する。竹島の右の島も航海してはならない」と記されている。(鬱陵島の)右の島とは、独島を指す。

 国際文化大学院大学のイ・サンテ助教授は、「この立て札には、竹島(鬱陵島)の右の島(独島)まで航海禁止を命じたと記されており、日本が独島を韓国領と自ら認めた重要な資料」と語った。つまり、この「右の島」という文言のために、日本側が立て札の搬出を防ごうとしたと言う。

 渡海禁止の立て札は、鳥取県浜田市の郷土資料館にも一つ残っている。大きさは縦50センチ、横1メートルで、今回発見された立て札より2年後の1839年に作られたものだ。

 続きは以下。

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日清食品がデフレ波動砲のトリガーを引いていました。


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日清食品:ニュースリリース-インスタントラーメンの父 安藤百福 生誕百年-記念商品の発売について

 以下、引用。

日清食品株式会社 (社長:中川 晋) は、日清食品の創業者で、インスタントラーメンの発明者である安藤百福 (あんどう ももふく) の生誕百年を記念し、「チキンラーメン 生誕百年記念パッケージ」「カップヌードル 生誕百年記念パッケージ」「百福長寿麺 鶏だし塩ラーメン」「百福長寿麺 鴨だしそば」を3月1日(月)に全国で新発売します。

1910年3月5日に日清食品の創業者・安藤百福が生まれてから、今年で百年を迎えます。安藤百福は、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」、世界初のカップめん「カップヌードル」を発明し、日本はもちろん、世界の食文化に革命を起こしました。インスタントラーメンは、今や世界中で年間約1,000億食が消費される日本が生んだ「世界食」となりました。インスタントラーメンの父・安藤百福の偉業をより多くの人に知っていただき、また、日頃からのご愛顧に感謝して、3月1日に生誕百年記念の新商品を発売します。

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沖雅也と「大追跡」

大追跡

 沖雅也。
 一九七〇年代から八〇年代の初めにかけて、テレビを中心に大車輪の活躍をし、圧倒的な人気を誇った俳優である。

 序にかえて――より。

 没後25年を数え、ようやく沖ファン待望の分析本が発売されました。
 ちなみに没後25年としたのは、この本が先年2008年の発行だからです。今年は足掛け26年ということになります。
 いやあ、不覚にもこのような素晴らしすぎる本が出版されていたことを知りませんでした。昨年は公私ともに忙しかったもんですから。

 というところで、
 
沖雅也と「大追跡」―70年代が生んだアクションの寵児沖雅也と「大追跡」―70年代が生んだアクションの寵児
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ご無沙汰なわけですが〜旅行記その5

 予告したまま放ったらかしだったわけですが、記事にするのも記憶に遠く、ぶっちゃけ面倒ですので(苦笑)、当時の写真だけ抜粋してうpしておきます。
 
 一応、旅行記の続編です。ぁはいw

 興味のある人は続きをどうぞ

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旅行記その4 会津

 前回旅行記その3からの続きです。

 今回は白虎隊自刃の地である飯盛山を中心にお送りいたします。

 例によって数枚の写真を交えていますが、今回は文章がけっこう長文になっています。面倒くさがらずにお読みいただければ幸いです。


 それでは続きからどうぞ。

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旅行記その3 会津

 前回の日光編からずいぶん日数が経ってしまいましたが、予定どおりに会津編をお送りいたします。
 放置しすぎて自分の中でもモチベーションが高まらないのが本音なんですが(苦笑)、予告していたものですしね。

 てなわけで、自家用車での一人旅ですんで人に気を使うこともなく、勝手気ままに車を飛ばしながら、けっこう強行なスケジュールで名所旧跡を回りました。

 思い出しつつ羅列すると、

 会津若松駅→徒歩にて周辺をぶらぶら→鶴ヶ城→御薬園→飯盛山(白虎隊士自刃の地)→勝常寺→金塔山恵隆寺→熊野神社→大内宿

 だったかな。合間に伊佐須美神社にも立ち寄りましたっけ。

 スケジュールとはいっても行き当たりばったりの成り行き任せなんですが、こうして並べてみると、結構あちこち回ってますね(笑)。まあ、あんまり計画をきっちり決めて旅するのは好きじゃないんですよ。適当な生き方してますんでwwww

 さて、本文に興味のある方は続きからどうぞ。
 写真を多く交えていますので、環境によっては重たくなってしまう場合もあろうかと思いますか、ご了承くださいませ。

 ちなみに、画像をクリックすれば拡大写真が見れますんで、よろしければ。
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旅行記その2 日光

 前記事、旅行記その1の続きということになりますが、今回は日光山内で撮影した写真のご紹介を中心にお送りしようかと思います。
 撮影した写真もけっこうな枚数に上るんですが、アップする写真もけっこうな枚数になりそうな感じです(笑)

 まだ会津若松での紀行も残ってますし、だらだらとシリーズを続けてしまいそうです。まあ、こういう機会も滅多にないし、いいんではないかと。
 大層に紹介するような写真でもないんですがwww


 では、環境によっては重たくなるかもしれませんが、本文は続きからどうぞ。


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旅行記その1 日光

 先の三連休を利用して、ちょっとした観光に出向いたのでそのことでも。
 ルートは車でまず栃木県は日光入り、初日は東照宮および日光山輪王寺を参拝いたしまして、その夜の内に車で仮眠をとりながら福島入り、会津若松で例によって名所旧蹟を見てまわったという感じ。
 長くなりそうなので記事を分けて、まずは日光での観光記をば。

 日光東照宮といえば1999年に世界遺産に登録されたことでも有名ですが、実際のところは東照宮のみが遺産登録されているというわけではなく、東照宮、二荒山(ふたらさん)神社を擁する広大な境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、同じく「日光の社寺」として、総計103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の建造物と、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」が世界遺産に登録されているのだそうです。
 今回足を向けたのは初めてだったんですが、とにかく山全体が一大寺社テーマパークといった趣で、とても一日ですべてを見て回れるものじゃありません。といって東照宮、二荒山(ふたらさん)神社、輪王寺という、いわゆる「二社一寺」の一通りは見て回れましたが、華厳の滝や中禅寺方面には行けていないし、また折を見て参拝したいと考えています。

 で、まずは日光山輪王寺ですが、寺務所で購入した『日光大観』によると、凡そ千二百年前は奈良朝の昔、天平神護二年(766)勝道上人の御開基とのことです。宗派は天台宗ですね。二荒山神社と同じく創建は東照宮よりもはるかに古いのですが、今でいう「二社一寺」と称する近世以前には、全てひっくるめて「日光山」や「日光三社権現」と呼ばれて神仏習合の信仰が行われていたとか(*参考:wikipedia)。
 いいっすねえ、こういうおおらかな信仰の形態。明治にいたり神仏分離令が発令される以前のほうが、人間カリカリせずに済んでいたのかもね(笑)。

 ともかくも駐車場の関係で西参道から迂回して輪王寺黒門をくぐり入山したわけなんですが、後から思えば神橋(しんきょう)のある東参道から黒門をくぐるルートを辿ったほうがよかったのかもしれない。ちなみに神橋とは御開基の際に、大谷川(だいやがわ)の激流に行く手を阻まれた勝道上人と弟子一行の前へ、“首から髑髏をさげた”パンキッシュな深沙大王(じんじゃだいおう)が現れ、これまた二匹の大蛇で橋を架けるというヘビーな技で上人を救ったという、伝説の残る場所に架かる橋です。
 深沙大王、カッケー(笑)
 
 さて、受付所で拝観料を払い、日光三社権現の本地仏を納める三仏堂に入ったわけですが、その三仏。いやもう、デカイ!スゴイ!金ピカ!の三拍子。堂内保存修理期間中だったのが返す返すも残念ですが、一見の価値ありですよ。ちなみに三仏堂御本尊とは、阿弥陀如来、千手観世音菩薩、馬頭観世音菩薩、の三尊坐像のこと。
 それぞれに、
 男体山=新宮権現=大己貴命(おおなむちのみこと)=千手観音
 女峰山=滝尾(たきのお)権現=田心姫命(たごりひめのみこと)=阿弥陀如来
 太郎山=本宮権現=味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)=馬頭観音
 と、対応をなしています。

 にしても、外人。撮影禁止って書いてあるやん。思いっきり三脚据えて撮る気まんまんでやんの(笑)。

 それから大護摩堂を経由して、二荒山神社をお参りするというルート。で、この二荒山という山号ですが、ここから日光という地名の由来が来ているそうです。というのも、「二荒(フタラ)」を音読すればニコウであり、それを弘法大師 空海が「日光」の文字に改めたと伝えられているからだそう。また、二荒山とは男体山(なんたいさん)のことを指しており、この二荒山に観世音菩薩が住まわれているという意味で、観音様のご住所である補蛇洛(ふだらく)山の名をここに移したとも。
 なるほど、そこから男体山=千手観世音菩薩という対応がでてくるわけですな。
 この二荒山神社には、怪奇伝説を今に伝える「化け燈籠」や、『日光大観』によれば日光山中で最古の建造物である社殿を擁するなど見どころも多いのですが、家光廟である輪王寺大猷院(たいゆういん)へ至る通り道のように受け取られてしまいがちなのが残念なところ。でも、神苑には大黒さん祀ってあったり、輪投げが楽しめたりするんだぞ。しかも人手不足で、社務所で各社の御朱印が一括に頂けるんだ。

 ちなみに、二荒山神社の御祭神と御神徳は、
 主神=大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主命(だいこく様)→家内安全・商売繁盛・良縁守護・産業開発・温泉・醸造・医薬・婚姻の祖神
 妃神=田心姫命(たごりひめのみこと)→子授け・安産・子育て
 御子神=味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)→農業・漁業・交通の守護

 と、一色刷りの、ぺらパンフレットにあります。
 なるほど、先の日光三社権現の三仏と神仏相対しているわけですな。二荒山大神に現在の神が当てられたのは12世紀頃だと言われるているそうですが、要するに本地垂迹説によりそれぞれの神に仏が当てられ、現在でも輪王寺ではこれらの仏を祀っている、というのが解明のようです。
 それはさておき、
 大黒さまスゲー!!御神徳が「温泉・醸造」ってなんなんだ?
 まあ冗談はともかく、女子高生と付き合えますようにと、しっかりお願いしておきました。もちろん嘘です(笑)。

 
 さて……、次は沖雅也も演じた三代将軍・家光の廟所である「大猷院」なのですが、さすがに大権現家康ほどの財力の傾注はなかったのか、東照宮と比べれば小ぶりな意匠ですが、かといって見劣りするのかといえば決してそうではない。細部に至る緻密な装飾は、絢爛豪華で見どころたっぷり。なるほど、二荒山神社のことなどすっ飛んでしまいそうな勢いです(笑)。
 大猷院の意匠に見惚れていたおかげで、肝心の東照宮についたころには日が傾き始めていましたが、どうにかこうにか。

 すっかり長くなりましたが、続きは写真なども添えつつ後日ということで。

 おまけ。
 日光東照宮HP*要PC
 日光二荒山神社HP*要PC
 同・二荒山神社*携帯版HP
 日光山輪王寺HP*要PC
 同・輪王寺*携帯版HP
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