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 自動車や自転車、時計などなど、我々の生活とも切り離せない歯車は、アレクサンドリアのヘロンが発明した「風力オルガン」などにその原型を見ることのできる、機械構造の要とも言うべきシステムです。
 てっきり人間が発明したとばかり思っていた歯車なのですが、自然界にはすでに歯車を備えている生物が存在していたようです。
 イネ科の害虫として知られるウンカ類の一種である「Issus coleoptratus」の幼虫は、5ミリにも満たない体で約1メートルもジャンプしますが、この幼虫の後ろ脚に歯車状の構造が発見されたことが注目を集めています。

 Issus coleoptratus の幼虫に歯車機構が見られることを発見したのは、英ケンブリッジ大学の生物学者マルコム・バロウズ氏とグレゴリー・サットン氏。
 2人は Issus coleoptratus の幼虫が、後ろ足の付け根にある歯車状の構造をかみ合わせ、同じ瞬間に回転させることでジャンプ中の足の動きを制御するという、複雑なギアシステムを備えていることを突き止めました。

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 現在のところ、Issus coleoptratus に見られる構造が自然界で発見された初めてのギアシステムだと考えられており、バロウズ氏とサットン氏は電子顕微鏡と高速ビデオキャプチャを使用して、発見した歯車機構の正確な機能を証明することに努めました。

 2人が調べた全ての幼虫には、しっかりと噛み合わさるギア構造が備えられており、1つ1つの歯が80マイクロメートルという大きさ。10本から12本の歯を備える一対の歯車は、フィレット曲線を描く関節部分に整然と並んでおり、人が作り出す歯車機構を彷彿させる構造になっていることが判明しました。

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 歯車が正確に機能しているかを調べるために、バロウズ氏らは弱った幼虫に実験を施し、片方の後ろ脚の筋肉に電気刺激を施しました。すると歯車は予想通りに機能し、両脚が同時に跳ねるように動いたそうです。さらには同様の電気刺激を行った死んだ幼虫ですら、前方へ跳ねたといいます。

 以上のことから歯車の機能に確信を持った研究者ですが、ギアリングの理由については“コーディネーション”にあると考えています。
 つまり、体長数ミリという小さな昆虫がこれほど長距離のジャンプを行うには、後ろ足が極めて正確に同期しなければ、空中でのバランスを保つことができないのではないか? というわけです。

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 これほど精密な両脚の連動は、脳や視神経による生物学的な確認では行うことができないとバロウズ氏は考えています。
 事実、30マイクロ秒という極めて短い時間に秒速3メートルものスピードで跳躍する彼らのジャンプは、人間に当てはめるならば、8.7マイル(14キロメートル)も跳躍するという驚くべきものになるそうです。

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(Issus coleoptratus の成虫 画像:Wikipedia)

 ただし、幼虫だけが持つ歯車構造は脱皮を繰り返すことで機能を失い、成体からは同様の構造は失われてしまいます。
 これは、歯すじが傷ついても脱皮により新たな歯車を手に入れることのできる幼虫とは異なり、すでに脱皮を行うことのできない成虫には用のないものだからだと、バロウズ氏は考えています。



 バロウズ氏は、こう述べています。
「わたしたちは通常、人間による機械設計にのみ、このような高度なシステムが使用されているのだと考えがちです。しかしそれは、我々が賢明ではなかったからなのです――。人間が歯車を用いる設計を行う以前から、生物の世界では、精密機械のような生命の進化が行われていたのです」

[Via.Smithsonian.com]

世界昆虫記 (写真記シリーズ)世界昆虫記 (写真記シリーズ)
今森 光彦

福音館書店 1994-04-30

世界昆虫記 (写真記シリーズ)