hananuma masakichi

 1885年(明治18年)に制作されたとされるマサキチ像は、日本よりもアメリカで有名な活人形(いきにんぎょう)の一つ。

「Believe It or Not(信じようと信じまいと)」で知られる好事家ロバート・ルロイ・リプレーの膨大なコレクションの一つですが、当時は不治の病とされた結核を患ったことでマサキチは死を覚悟し、恋人にプレゼントするために自らの生き写しである活人形(生人形)を制作させたというものらしい。
 毛髪や体毛はもちろん、歯や爪まで抜いて埋め込み再現することで、いわば自らの身代わりを、記念品として恋人に遺そうと考えたわけです。

masakichi
(マサキチ像とリプレー氏)

 マサキチ像は本人と寸分違わぬ再現を行うために、皺の一つ一つや浮き上がった血管に至るまでを細密に作り込んであり、肌のトーンを再現するために漆塗りを基調に塗装され仕上げられています。

 釘は一本も使用されておらず、総数2,000とも5,000ともいわれる木製パーツ(たぶん、ケタが一つ大きい)の継ぎ目は、虫眼鏡でも確認することができないほどに緻密に組み合わされているそうです。

hananuma
(どっちが本人?)

 この異常な彫刻の来歴は“活人形”の祖である松本喜三郎らの作に比べると知られていないのですが、アメリカではリプレー氏の目にとまったことから「Hananuma Masakichi」として、より著名であるようです。

kisaburo
(松本喜三郎作、池之坊(明治4年)部分)

 蔵書の「荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産」を引っ張り出してみると、世界一周を18回も経験したリプレー氏がマサキチ人形を手に入れたのは、1925年(大正14年)、関東大震災から2年後の頃らしい。

 ハナヌマ・マサキチは「花沼(華沼)政吉」だろうと思うのですが、震災によるものか記録が残されておらず、表記も曖昧になっているのだとか。
 荒俣サンの同書にも、名前の表記について「マサキチは「政吉」らしい」との記述があるものの、やはり詳らかではありません。

self-portrait-masakichi

 ちなみに「活人形」とはなんぞや?
いきにんぎょう 生人形
「活人形」とも書く。細工見世物の一種で、真に迫った等身大の人形を作り、著名な伝説や事件などの場面を仕組み、興行にかけた。
松本喜三郎がその始祖というべき存在で、一八五四(安政1)年の難波新地での初興行の大当たりがきっかけとなって、江戸、大坂を中心に各地で流行、明治半ば頃まで盛んに行われた。大江忠兵衛、竹田縫之助、安本亀八、秋山平十郎などが、よく名を知られた生人形師である。
write:川添裕

hananuma-full

 海外サイトを照覧していると、マサキチ=人形師(アーティスト)との記述が目につくわけですが、どうにも胡乱な気がする。
 念のため、ここでの明言は避けておきます。

 というわけで、下の動画はリプレーの「信じようと信じまいと」コレクションから、修復を終えたマサキチ像を紹介したもの。1994年のノースリッジ地震で破損していたそうです。



 なお、当の政吉は引導を渡された53歳の年から10年を生き続け、1895年の冬に貧困の中で亡くなったのだとか。

(Via.Oddity Central / 参考:Believe It or Not! / Wikipedia - Hananuma Masakichi / その他)

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